青空に白い雲が流れるように

読んでくださるあなたに。小さな幸せを感じてほしい。そして私も、読んでくださることで、一人じゃない幸せを感じていたい。そんな思いで、あらゆる垣根を持たないて、好奇心のおもむくままに、手を走らせていたい。明日への小さな幸せを求めて。

 

桜の開花が早い。

1週間早いとか。

我が家は、高台にあるので、まだ咲きかけだけど、

苦楽園から夙川への桜道は、この週末がピークのよう。

 

今日は、佐川氏の証人喚問が行われる。

佐川さんが、一切の責任を負って、幕引きをはかるか、

訴追があるからと、黙するか、のどちらかだろう。

 

悲しいね。

つまじきものは、みやづかえ。

 

安倍首相が退陣すべき。

安倍政権が権力を握っている限り、国会はまともな国会にならない。

小泉元総理も、退陣すべきだと言う。

正常な状態に戻すためには、安倍政権にあっては、ありえない。

もうこれで終わりにしてほしい。

 

友人のブログに、可愛い猫の絵が出ている。

石坂春生の絵画。

90歳で、新しい絵に挑戦している。

雑誌の表紙を飾っている絵をよく目にするが、

心の動く絵ではなかった。

猫の絵は良い。

 

 

可愛くてたまらない目が絵画に写っている。

楽しんで描いている。

石坂春雄の春、青春のみずみずしさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドライアイ

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定期的にやってくる、ドライアイ。

ますますひどくなって、目の痛さに目を開けていられない。

今日は、やっと少しマシになっているが、午後から、ひどくなる。

目薬を離せなくなって、長い。

薬の副作用で、目の痛みがひどくなっているのではないか?

薬に殺されないための47の心得に続き、医者に殺されないための47の心得、という本を買った。

目が痛くて、ぼやけるのでまだ全ては読んでない。

定期的にやってくる、辛いドライアイ。

泣き目になって、鼻水がダラダラ。顔が変わるくらい。

お彼岸に亡くなった、叔母の三回忌で、お墓に集合して、その後昼食をかごの屋で。

前日は、痛くて、コナミも行けず、一日中、目を冷やして、翌日に備えた。

翌日も、目が痛くて、ひどい顔。

 

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久しぶりに会う従姉妹は、2回も、倒れたという。

頭を打って、CTは異常なしだけど、相変わらず痛むらしい。

近藤誠医師の、本を読んで怖くなった。

私もレントゲンで癌を疑った町医者から、紹介されて、すぐに病院で検査。

CTで、発癌の疑いがある、小さな点があると言われて、週に一度のレントゲンと、月に一度のCTを、

半年間。その後も、定期検診に、CTを撮ってきた。

CTを取る被曝が怖くて、医者に言うと、一月に一度くらいは問題ない、とどこでも言う。

ひどい医者は、毎日でも問題ない、と言った。

 

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近藤誠は、慶應病院の放射線医師で、一度でも、相当の被曝だと言っている。

癌検診を熱心にやってきたのだけど、これからはやめようと思っている。

もし、肺に癌が発生したら、ほんとうの癌が発生したら、身体中に、癌が潜んでいる。

友人も、レントゲンを撮ってもらわない方が良かった。

ただの風邪だと思って、元気に、美味しいもの食べて、出かけて、楽しく暮らせてた。

薬をほとんど飲まない人で、CTもレントゲンも撮ったことなかった。

糖尿病になると、認知症のリスクが増えるとか、高血圧の人は認知症になりやすい、とか、

テレビでも話題取りにやってるけど、糖尿病とか高血圧が原因ではなく、薬の副作用でリスクというのが出るのだと思うようになった。

私は、結構薬を飲んできた。

逆流性胃腸炎、コレステロール、ビオフェルミン、漢方薬に、たくさんサプリメント。

筋肉痛や、頭痛、ドライアイ、手がこわばったり、という症状は、薬の副作用が原因じゃないか。

 

夕張市に医者がいなくて、住民は、健康になった。

今も昔も、家で亡くなる人の多くが癌死だった。

余計なことしないから、大して痛みなく、生きられる命を全うできた。

 

緒方拳も、芝居ができないからと、何もしなくて、風のガーデンを撮り、親友の津川雅彦に、今度は美味いもの食べに行こうと言って、数時間後に亡くなった。

自然に生き、自然に逝く、には、検査しないことだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クスリに殺されない47の心得

 

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書店を覗くと、木になるタイトルの文庫本がある。

クスリに殺されない47の心得、と言うタイトル。

パラパラと立ち読み。

抗ガン剤をやって後悔する人はいるが、やらないで後悔する人はいない、

という名目が目に飛び込む。

友人が抗ガン剤の副作用で、肝臓に負担がかかり、あちらこちらが痛くて、とても弱っている。

その上、貧血がひどくて、輸血が必要になった。

癌は放置するべし、と書いている。

それでも、癌を克服して、元気になっている人も多くいるじゃないの?と心の中で反論するものの、

実際、どちらが正しいのかわからない。

抗ガン剤で、癌が小さくなっても、癌が治るわけではない。抗ガン剤は毒薬。

癌そのもので亡くなるよりも、抗ガン剤で、死を早めるという。

この本を友人に読んでほしい、と思うが、医者の言う通りに、信頼して我慢している友人に、

それは酷だ。

友人は、元々、薬は良くないと飲まず、養生は食べ物でするものだと言う持論を持っていた。

ご主人も、輪をかけたように、医者を信用せず、薬は毒だと思っていた。

元気だったご主人が、動くこともままならず、医者にかかったら、甲状腺が原因だとわかった。

その医者が、甲状腺に詳しい医者で、その検査をしたので判明したものの、通常では原因がわからないままだった、友人は語っていた。

友人が胸が痛くて我慢できずに、医者に行ったのは、ご主人が、強力な薬を処方してもらって、回復してから、少し経った頃。

よかったね、と言っていた矢先。

胸が痛いと訴えたら、医者は風邪でしょうと言って、レントゲンもかける様子がないので、レントゲンをかけて欲しいと願い出たのは友人の方だった。

その時に、友人が安心してそのまま帰っていたら、一ヶ月以上に及ぶ、精密検査も、抗ガン剤治療も、やってないだろう。

相変わらず、歳だわ、と思って、出かけていただろう。

9月に会った時は、ご主人の回復を喜んでいて、それから、今に至る。

風邪を引かないように、。医者に注意されている。

3週間に一度の抗ガン剤をする日は、顔がパンパンに腫れるらしい。

副作用を抑える、ステロイドを入れるからだという。

二、三日すると、顔が引いて、痛みが始まる。

体力をつけるように、一生懸命食べるようにしているという。

癌は小さくなったし、転移もない、という。

癌を克服して治った友人が、肺癌の抗ガン剤は、ものすごく苦しい、私はやらない、と

言っている。

ステージ4の癌を、ピンポイント照射の新しい方法で治った。

抗ガン剤はやらなかったので、副作用がなく、照射しながら、何べようかと考えてたという。

そういう治療が出来る癌もあれば、できないものもある。

痛いのは絶対に嫌だと言う。

美味しいもの食べて、楽しんで、動いて、それで、寿命だったら良いという。

 

クスリに殺されないための47の心得、にも、同じことが書かれている。

本には、癌検査をやらない方が、長生き出来る、医者にかからない方が元気になる、と

書いている。

薬を少しづつ減らしなさい、という。

ほとんどの薬は、緩和の効用しかなくて、病気を治さない。

薬の副作用の方が、病気を作るという考え。

 

薬もサプリメントもやめなさい。

私は飲んでいるサプリメントの副作用の部分を読んで、あれ、これかも、と。

ロコモアに、痒み、胃の不調、と書いている。

痒みは乾燥だと思ってたけど、これかも。

昨日きたばかりのロコモアは、まだ開封前。

電話したら、ただ今混んでます、とのアナウンス。

クスリに殺されない47の心得、を読んで、キャンセルする人が多いのか、

無料でお試しを注文する人が多いのかはわからない。

私は、とにかくやめてみよう。

筋力が少し増えたと言われて、ロコモアだと喜んでたのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カフェケトル

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長く使っている、ティファルの電気ケトルの不満は、湯が溢れることだった。

それと、ペーパーでコーヒーを入れる時に、口からガバッと湯が出ること。

コーヒーを入れるのに、口の細い専用のケトルが欲しくなった。

アマゾンで、調べたら、ピンキリで、安いものから高級品まである。

その中で、値段も手ごろで、評判もよい、ラッセルホブスもカフェケトルがどうかなと。

梅田に行く用事があって、ヨドバシを覗いた。

ラッセルホブスのカフェケトルが、二種類あって、パールのが可愛い。

値段は、シルバーよりも同じサイズで高い。

注文しようかと思ったけど、その場では買わずに、ヨドバシのネットの方で見ると、

店よりも800円くらい安い。

ラッセルホブスのカフェケトルの難点は、周りが熱くなるので、やけどしたというコメント。

ティーファルは、周りが二重になってて、熱くない。

気をつければ良いかな。

15000円くらい出せば、完璧なものがあるかもしれないが、買いやすいものに魅力が行く。

 

それで、シルバーよりは1千円以上高いけど、パールのケトルを選んだ。

パールは、0;8リットルサイズ。

早速、使ってみた。

コーヒーに注ぐ時、結構重いので、0、8にして正解だった。

 

うん、うん、なるほど。

入れたコーヒーが美味しくなったような。

気に入った物を買うと、気分が晴れやかになって、嬉しい。

値段考えて、安いシルバーにしなくて良かった。

やけどしないように気をつけなくちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーティスト

 

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アーティストとは?

という命題で考えてみた。

作品が重い、軽いは、問題じゃない。

心が重くて、苦しいから、明るくて軽い作品を描きたいと思う人もいる。

人間の重み、暗さをテーマにする人もいる。

アーティストとは、アートする人、という意味なのだ。アートは美。美を生み出す人。

亡くなった吉田さんは、ご自身をアーティストではないと言われていた。

画家ではない、と?

 

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吉田さんは、人間だ、と言われ、天命に導かれて、

なにか訳のわからんものを描いている、と。

それを観る人が、どう感じるか、人それぞれ。

絵画を見た、会話が始まり、人が平和になるように、と願つて、絵を描く。

毎朝、感謝の祈りをし、夕べには、神の使命に答えられない、至らなさを詫びると言われる。

津川雅彦が、先日テレビで、面白いことを言っていた。

 

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遊びを大切にして来られた、と言われて、

遊びは、嘘を楽しむ文化。映画でも絵画も写真も、本物に感動して、それを嘘で表現するしている。

なるほど。

 

 

自然を見つめて、なんとかあの光をキャンバスに映し出したいと思って、どうしたら描けるだろうかと、描き方を工夫するだろう。

アーティストは、技術が求められる。

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熊谷守一が、下手だと自分の絵を思っていて、なんども同じものを赤くうちに、少しはましになっていくだろうと、絵を描くのは、好きじゃないと言いながら、生涯を、キャンバスに向き合って挑戦したのは、吉田さんと同様に、天命を生きること、生き続けるためのエネルギーと、向上心だったのだろう。

 

北野武の番組で、誰でもピカソ、というのがあった。

 

楽しいこと、面白いこと、苦しいことを、形にする、音楽に、パーフーマンスや、踊りに、表見  表現方法は、違っても、美を作り出す人は、誰でもアーティストになれる。

作り出すものが、見る人、聴く人の感動を呼び起して、生きる力になれば、その作品は、本物のアートになる。

心を揺さぶるなにもなくて、なにも感じないものは、ガラクタ。

 

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ガラクタを作っては、アーティストとは呼べない。

アートは、生き生きと生きるための命のエネルギー、幸福を届けるもの、感動を誘うもの、美をうみだすもの。

それを届ける技術を待っている人は、誰でもアーティストじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玉置浩二のコンサート、フェステイバルホール

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最高だった。

素晴らしいコンサートだった。

玉置浩二、プルミエール、シンフォニックコンサート。

2018THE GRAND RNAISSANCE. CARTAIN  

CALL,

以前に、西宮芸術的センターで、やはり、オーケストラコンサートをやった時には、私はお腹の熱で苦しみながらも、出かけていったのだけど、今日は元気。

席は二階のRで、舞台がよく見えて、良い席だった。

チケットは正規は売り切れで、プレミア付きを買うのをためらつてたら、広島の人が、行けなくなったからと売り出なでてて、正規の料金で譲ってもらえた。

良い席です、と書いてたの、本当だった。

 

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三月二日の、愛知県芸術劇場から、福岡、横浜を経て、フェスは、二日間の公演。

会場はもちろん満席。

フェスティバルホールで、玉置浩二と安全地帯のコンサートを聴きに行った時は、始めたか総立ちで、前の人で、舞台が見えなくて、せっかく良い席を買ったと喜んでたのに、立ちっぱなし。

今日は、オーケストラが入って、座って聞けたので良かった。

総立ちになるのは、ドームとか、最初から立ち見のある会場だと良いだろうけど、フェスティバルホールは、じっくりと音楽を聴くホールだと思う。

最初は、歓喜、から始まった。

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オーケストラも良くて、玉置と呼吸がぴったりあって、玉置の管弦楽用に編曲されたものが、壮大で、拡張高く、海外でも評価が高い、玉置の才能と力量、音楽家としての質の高さを証明するコンサートだった。

どれも良かったけれど、中でも、「行かないで」と言う曲の、玉置の高音が素晴らしい。

バランスのとれた、美しい曲。

玉置は、舞台に出た時から、最後まで、話さない。

頭は、曲のたびに下げたり、指揮者を讃えるように、手を差し出したりするが、話すことはない。

わたしは、そういう玉置が好き。

シャイなのか、口下手なのか、話すよりも歌で観客の心に届けようとするのかわからないけど、

音楽が前面に出て、歌う玉置の歌にかける純粋性が出てて、観客は玉置を通して、音楽と共感する。

熊本大地震の復興に力を尽くしいる玉置は、今年念願の福岡では、DVD付きのコンサートを6000円にしている。

愛は熊本から、と募金の呼びかけ。

 

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休憩時間に、コーヒー飲むのをやめて、募金箱に1000円入れてた。その時はあまり入ってなかったけれど、終わってから、募金箱に入れる人が増えていた。

コンサートに来る人が全員、少しでも箱に入れたら、相当の額になるのに、と思う。

募金に関心のない人が多い。

 

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京都でチャリティ募金を目的とした、舞台を、猿之助達がやっている。その時は、幕前に、猿之助も、募金箱を持って呼びかけるので、結構沢山の人が募金に協力している。

コンサートの最後の歌は、夏の終わりのハーモニー。その前は、ワインレッドだった。

アンコール曲は、田園と、メロディー。

玉置は、時折、マイクを離して、地声だけで、歌う。

アンコールの、メロディーでも、最後に、地声で、声を限りに歌った。

アンコールに応えて、何度も出てきて、すごく上機嫌の玉置。

 

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大阪のフェスが好きだと言っていた玉置。今回も、アンコールが鳴り止まなくて、玉置の感謝のジェスチャーも、チャーミングだった。

終わって、観客の声が聞こえる。

あんなに何度も出てきてくれて、可愛い。

玉置のフアンは、カップルで来る人が多い。

年配の夫婦らしいカップルが手を繋いで帰っていく。

玉置の、愛の歌が、夫婦に、愛し合いたいおもいをよびおこしたのだろう。

玉置のフアンじゃなくて、音楽家としての玉置を評価する人も多い。

海外進出を、玉置の評価は不動のものになっていくのも頷ける。

 

帰り道、アンコールの最後の曲、メロディ、を歌いながら。

玉置の生のコンサート。夢じゃないかな、と思うくらい、現実感がない。

 

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春ですね

 

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暖かくなった、一気に桜が咲きそうなくらい。

2年越しの健気なシクラメンが、一斉に最後の花をさかさんかとばかり、満開。

沢山の花びら。

こんなに咲いて、こんなに立派な花を咲かせらなんて、信じられない。

栄養も上げなかつたのに。

あまりに感激なので、花びらをアップで。

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昨日、車に乗っていると、汗ばむ暑さ。

宝塚の山本は、植木の町で、造園業が多い。

病院からの帰り、花の苗を沢山買った。

午後は植え替え。

 

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いくつかのプランターに植えてみると、わずか。

寒さで、去年まで毎年庭一面に咲いていた花が枯れてしまった。

もしかしたら、枯れた部分の下から新しい芽を出せてくれるかも。

 

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取り除くかをやめた。

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このまま、暖かくなれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五木寛之

 

 

東京のホテルで、朝、テレビをつけると、五木寛之が出ていた。

五木寛之は、頭を洗わなかった。

今は、三木に一度洗うそうだ。

白髪の毛がふさふさと多い。

匂いませんか?と聞き手。

北杜夫も、髪を洗わないので知られている。

いくら洗わないと言っても、シャンプーをつけないのだと思ってたら、

五木寛之は、洗うとドライヤーかけないといけなかったり、面倒でしょう、と言っている。

水洗いもしないということみたい。

足は丁寧に洗うそうだ。

足はよく使ってお世話になっているから、感謝を込めて洗う。

足が大切だということはわかる。

血流をよくする。末端神経を刺激すると効果的。

母は、手足を丁寧に洗っていた。

手先、足先から、上に向けてマッサージするように洗うと良いと言ってた。

今でも、盛んに手を合わせてさすったり、テーブルの上を綺麗にするつもりで、拭いたり、

袖をあげたり、おろしたり。手先を使って動かしている。

母の養生になってて、長生きに秘訣なのかもしれない。

五木寛之は、70年間医者にかかったことがないという。

医者を信用していないところがあると言う。

 

わたしも同意見。医者を信用していない。

母の誤診で、医者の言うとおりにしていたら、母はとっくに亡くなっている。

幾人もの、医者の思い込みによる誤診を知っている。

看護婦は、医者の言うとおりにしていれば良いので、全く勉強しない。

五木寛之は、養生は自分でするものだと言う。

自分が一番よく知っている自分の身体と折り合いをつけながら、生きてきた。

長い腰痛で苦しんでいた五木寛之は、腰痛を四つん這いで歩いてなおした。

人間は、二本足で歩くようになって、腰に負担がかかるようになった。

わたしが思うに、五木寛之が、医者にかからないでやってこれたのは、

手書き作業と、足を丁寧に洗ってきたことが大きいと思う。

さらに、腹八分目というが、腹6分目でちょうど良い、と書物に書いている。

6分目の食と、身体に良い、シンプルな食べ物のおかげもあるだろう。

血液の循環が良くて、身体という機械に、綺麗な血液を流していれば、故障したり、錆びたりしない。

 

わかっていても、わたしは、それができない。コレステロールの薬を使っている。

逆流性食道炎の薬がら離れられない。

瀬戸内寂聴さんも、毎日、天ぷらか、お肉を旺盛に食べ、酒を楽しんでいるから、

骨粗鬆症と動脈瘤の手術などをしながらも、元気。

ダンディで、服装が似合う五木寛之が、服は1着。ほとんどこの服で出演しているという。

腰が悪く、歩くのに一苦労しているという五木寛之が、靴について書いていた。

100足買って、歩けるのは一足歩かないか、だと。

それはわかる。

わたしもそう。歩きやすい靴を、もう一足同じものを買うようにしている。

最近では、ミズノの、唯一4E の革靴しか履けない。

良さそうに思っても、歩き出すとダメだとわかる。

歩くことが、健康につながる。

 

 

できることなら、死ぬまで自分の足で歩きたい。

 

五木寛之は、カシミヤのマフラーをいつも持ち歩いている。飛行機の中で、電車の中で、マフラーが身体を寒さから守ってくれると。

頭を洗わないというのも、理屈が通っているのかも。

洗ったら、すぐに乾かさないと風邪をひくという、昔からの知恵が言う。

寒い時は、首に巻いたり、頭に帽子をかぶって、脳溢血を防ぐ。温度差がいけないと言われる。

頭を洗うと、熱が逃げると言うことかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしの洗い方はきわめていい加減。

早いのが取り柄。

 

 

 

 

 

 

 

 

北朝鮮と韓国が一つになれば

 

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わたしの楽観的な推測だけど、北朝鮮が、韓国と一つになるのではないか?と思っている。

ドイツが、ベルリンの壁を崩壊し、統治したように、北と南の境界線が壊される日が近いのではないか。

そうなれば、日本の拉致被害者も、日本に帰って来られる。拉致被害者の家族に残された時間は少ない。

北朝鮮と韓国は、同一民族で、敵対していたのが異常であって、統一するのが自然の法則だ。

若い指導者は、本当にところ、今のような体制にうんざりしているのではないか。

スイスに留学し、自由の空気を吸って育った人間が、本人の意思と関係なく、指導者に祭り上げられたのではないか?

長男が、毒殺されたのは、彼の意思ではなく、軍部の仕業だとしたら。

ディズニーランドの大好きな兄弟は、アメリカと友好国になりたいと思っていたのではないか?

核を武器に、脅しをかけながら、関心を引きたいという目的。

オリンピックの共同開催を契機に、一気に動いた友好ムード。

韓国が差し伸べた手を、北朝鮮は、渡りに舟と飛びついた。

北朝鮮と韓国が統一すれば、核を持つ必要がなくなる。

拉致被害者を日本に返しても、問題はなくなる。

北朝鮮の軍人達は、制裁で、最も苦しい生活を強いられている。

限界にあるのは、権力を保持している、軍部ではないか?

共産主義は、いつか崩壊するもので、それが自然だ。

その時が、70年の節目に、自律的に崩壊し、自由を選択するのではないか、と

わたしは期待を込めて、推測している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熊谷守一展、国立近代美術館にて

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これで決まった。

ダイナースクラブの会誌に、伊衆院静が、熊谷守一展に、二度足を運んだと、連載のエッセイに書いていた。

今回は、マイレージで飛行機が取れず、2泊にした東京での滞在。

帰る日は、飛行機が午後の4時。

いつもは、芝居が終わると慌てて空港に直行するのだけど、時間がある。

 

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吉田さんの娘さんにお会いしたいと思っていたので、お電話して、と考えていたのだけど、

伊衆院静のエッセイで、熊谷守一展が開催中だと知って、行かずにはいられなかった。

ホテルは週末は、チェックアウトが1時なので、ゆっくりもできたけれど。

暖かいという予報だったので、中のダウンを抜いて出てきたら、寒い。

美術館は、人形町から、茅場町で乗り換えて、東西線で15分くらいだった。

 

 

入場料は1500円。割引はない。JAFを持っていれば100円引いてくれるが、家に置いてきた。

イヤフォーンガイド解説は、樹木希林と山崎努なので借りた。550円の贅沢。

 

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若い頃の熊谷守一は、暗い中で蝋燭を灯して、自画像を描いている。

暗闇の中の光に映る人間を描こうと。

光は、やがて、赤の線で、輪郭を描くことに変化して行く。

熊谷は、裸婦をたくさん描いている。顔がない。

なぜ顔がないのかと聞かれて、愛着がわくからだと答えている。

顔と手足が漠然としていることで、裸婦の形が強調され、動きが生まれる。

熊谷の礫死、という絵は、ほとんど黒くて、輪郭がはっきりしない。

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列車に飛び込んで死んだ女性を目撃した衝撃は、光と陰を追求する熊谷の生涯のテーマになった。

熊谷守一は、守一を探す長い旅の始まりにもなっている。

 

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1928年に描いたひまわり

 

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1957年に描いたひまわり

 

 

 

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1931年に描いた、轢死を踏まえた作品と思われる、夜というタイトル。

 

 

熊谷の人生は、子供を幼くして無くし、家の没落、両親の早い死、極貧の生活の経験など、暗い闇を体験しながら、自然が人間の目にどう見えるかを探求し、色と色、音と色、形と色、光と陰影を、守一の目に見える形と線で、動的に描いている。

 

代表作の一枚、雨滴、は、水の音が聞こえてくるよう。

 

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沢山の作品は、ほとんどが4号のサイズ。

聞かれて、熊谷は、家にある枠が4号だったから、と言っている。

4号の絵は、日本の狭い部屋に、最も見やすく、かけて安定しているように思う。

 

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1959年の、噴水。

 

 

沢山出品されていて、二時間あればと思ってたけど、時間が足りない。

熊谷守一の絵は好きだという人が多い。

 

f:id:happyengel:20180313000432j:image1960年、鬼百合に揚羽蝶

 

 

海外でも、熊谷守一を高く評価する人が多い。

形の単純化で、色が生き、動きが出ている。赤の線が、中の色を浮かび上がらせもすれば、沈ませもする効果になっている。

熊谷守一は、同じ絵を何度も描きなおしている。時間を経て、絵が進化して行く。

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白猫

 

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眠り猫

 

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次女が赤ちゃんを抱いている姿を捉えて描いた、

あかんぼを。1965年の作品

 

 

 

 

f:id:happyengel:20180313001122j:image1961年、雨乞いだな

 

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1936年に描いた、雨乞い山

 

 

 

 

 

何度も描いていれば、そのうちにマシなものができて行く、と言う。

健康だった頃は、出かけて、自然を眺めて描いていたが、健康が心配されるようになると庭で、生物を観察しながら、絵を描いた。

かつて、出かけて描いた風景のスケッチを、トレーシングペーパーに移して、描きなおすという方法もとっている。

好きで絵を描いているのではありません。

石ころ一つ、紙くず一枚を見ていると飽きることがありません。

 

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1967年、月夜

 

 

 

70半ばで病気になり、以後はほとんど庭で過ごした。

 

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1960年、畳

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1962年、畳の裸婦

 

 

 

 

自然のエネルギーが、熊谷を生きる喜びに誘い、沢山の試作に導いたのだろう。

熊谷守一展は、生きる喜び、というテーマが付いている。

猫が可愛い。さまざまな猫。一匹づつ違った個性を形と色と的確な線の運びで描いている。

簡素な生き方を楽しんだように、絵も簡素で美しい。