青空に白い雲が流れるように

読んでくださるあなたに。小さな幸せを感じてほしい。そして私も、読んでくださることで、一人じゃない幸せを感じていたい。そんな思いで、あらゆる垣根を持たないて、好奇心のおもむくままに、手を走らせていたい。明日への小さな幸せを求めて。

フィガロの結婚、中村理恵のスザンヌ

 

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西宮芸術センターに、再びオペラ 「フィガロの結婚」を聴きに行きました。

このチケットは、最初に買ったもので、海外キャストだと思って買ったら、日本人キャストだったのです。

センターで、チケットを取りに行った時に、一枚は、受け取りしなければ良いのでは?と聞いたら、一旦買ったものはダメです。どなたかに譲ってください、と言われて、一旦は ヤオフクに出したのですが、売れないので、大幅に値段下げるよりも、聴き比べしたいと思って。

初日の、海外キャストの時は 席が二階だったので、肉眼では遠かったのですが、今日のは、日本人キャストとは知らず、良い席が残っていて、飛びついたので、舞台がよく見える席で、 右側の、少し高い場所から、オーケストラ席がよく見えて、佐渡裕の指揮の繊細でダイナミック、舞台の歌い手と、呼吸を合わせて、口ずさみながらの様子まで 見えました。

日本人キャストによる、フィガロの結婚、なかなか良かった。

中村理恵さんが演じる、スザンナがとても良かった。

 

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歌唱力も、声量の豊かさ、演劇的な演じ方も、素晴らしい才能を持った人。

伯爵役の、高田さんも、上手だった。

他の歌手も、皆、安心して聴くことのできる歌唱力があって、楽しく聴くことができました。

 モーツアルトの歌劇は、オーケストラの演奏に似た構成になっている。

声という、最も精密な楽器を 、各パートを受け持つ歌い手が、美しいハーモニーを生み出すように、

重唱という、形式をふんだんに使っています。

ベルディや、プッチーニの歌劇とは違う所です。

 

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なので、ベルディのようにに、プリマドンナや、テノールが、ここぞとばかりに、歌い上げ、観客がその歌声に酔いしれて しばらくの沈黙の後に、割れんばかりの拍手をするということはあまりありません。

重唱の美しさが、魅力的です。

侍女が、 見つからない、と一人で歌う、地味だけれど、心に残る場面があります。

概ね、賑やかで騒がしいオペラの中で、そこだけが異質で、とても静かで染み入るような、短い歌なのです。間奏曲の小休止のように。

 

二回も 観るのは、贅沢なようにも思いましたが、それだけのことはあるとがわかります。

 

 

 

七月歌舞伎、松竹座

 

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松竹座の七月は、恒例の歌舞伎です。

今年は、関東から、染五郎と時蔵、松也を迎えて、関西歌舞伎をもりあがています。

昼の部は、染五郎主演の、夏祭浪花鑑、と、時蔵と孝太郎の、二人道成寺。

連日の寝不足で、眠たくて、寝たり起きたり。

夏祭浪花鑑は、納涼歌舞伎でよくやる人気のお芝居。

染五郎は、幸四郎を襲名するそうですが、最近の染五郎の演技には、一段と力のこもった感じがあります。

 

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上方歌舞伎なのに、重責を担うはずの鴈治郎が、主役を張るだけと、技量と人を引きつける魅力に欠けるのが寂しい限りです。

息子の壱太郎も、何か物足りない。

仁左衛門、愛之助がいなければ、上方 歌舞伎は死に体ではないかとまで思われます。

二番目の、二人道成寺、は、玉三郎が菊之助と踊ったのが印象的です。

玉三郎が解説していたのは、二人は、実は一人の多面性を表現するのだと言ってましたが、今回の二人道成寺は、時蔵は年熟花子で、孝太郎は、挑戦的で、踊りを競い合うようで、まるで、新旧の競い合いのよう。

昨年の、玉三郎と、四人の若手による、五人道成寺は、素晴らしかったので、随分感激したのですが、

今回は、時蔵が若さを出すために頑張っているという印象と、幸太郎が、自分はこれだけよく踊るよ、とアピールを感じるものでした。

 

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ランチは、ハリ重で、ミンチカツ定食。

豚カツよりも、ミンチの方が、ハリ重は美味しいように思います。

ハンバーグをカツにしてあげている感じ。

 

 

寿司清

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久しぶりに、寿司清に行きました。

生魚は、あまり食べないのですが、先日友人との話から、店を思い出して。

友人とグランビアホテルで待ち合わせて。

朝早く起きてしまつたのて、パンを焼く時間があるなあと思い、食パンを焼きました。

 

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調理師の免許を持ってお料理の上手な人で、バン焼きも、以前に通っていたと聞いていたのですが、

先日、テレビで、高級食パンの専門店が人気だと出てたので、私の腕前を見て欲しいと思って。

焼きたてのパンが、電車の中でも匂つてました。

なんでも、一斤半で、1000円近くするのを、何本も買いに列ができるそう。

大阪は、粉もん文化の町。

大阪から、発信して、何軒も支店があるとか。

セルンイレブンでと、金のパンが、高級パンでよく売れているそうです。

友人は甘党なので、私が食べるのよりも、砂糖を多く入れて作りました。

ギフトセンターにいた友人と、同じ大丸の14階にある、寿司清でランチを食べました。

チラシ寿司です。

寿司清は、築地が本店なので、シャリは、人肌です。

魚が新鮮なので、まず大丈夫だろうと。

久しぶりのお寿司です。たいして美味しくはなかったというのが、久しぶりの印象。

寿司清は、握り寿司を食べないと良さがでない、

チラシ寿司は、難しいのです。

デパートのランチは、混んでて、ゆっくりできないのも、おしゃべりメインの女達には、難点かな。

デパートはクーラー効きすぎて寒いので、お茶は、テラスで。

大阪駅の、グランビアホテルが、オーブンペースに、テーブルと椅子を置いてて、だれでも左右にいつまでもいられます。

 

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シュークリームにソフトクリームをプラスして.コーヒーの大きいサイズと。550円くらい。節約。

ホテルメイドなので、美味しい。

 

坂東玉三郎トークショー

 

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友人が、神戸文化ホールのメンバーにまでなって、チケットを買ってくれた。

20列目だから、オペラグラスを持参して行ったら、な、なんと、1番前。

感激。嬉しすぎる。

友人に感謝。

 

入館前に、トイレで並んでたら、後ろの人と玉三郎の話になって、玉三郎の会に入っているとのこと。

入会金も年会費も高い玉三郎の会。

 

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懇談会とか、玉三郎と会えるとかあるのですか?と聞いたら、そんなのは全くない。

年に何回か、印刷された直筆の手紙と、カレンダーが送られてくる。

その人は、今回の玉三郎トークのチケットも、会に申し込みで買ったそう。

いい席ですか?と聞いたら、14列目。

良いですね。と言ってたけど、

一番後部が一列目だった。20列目は、一番前。魔法みたい。

一時間半のトークショー。

インタビュアは、玉三郎の勉強会に参加し、歌舞伎役者になった人で、歌舞伎で見たことあるハンサムな若者。

玉三郎の話はユーモアを交えて、優しさが玉三郎全体を包み込むようで、美しくて、その時間は、幸せな時間。なんと短く感じるとでしょう。

質問に答えるという場面になって、

質問したいけど、恥ずかしくもあり。

若い人が積極的に手を上げて。

吉野川で、母親役の玉三郎が娘の菊之助を、涙をこらえて刀にかける場面について、剣道の心得を学んで、美しく見せる形を披露してみせたり、

政岡が、幼い2人に、ご飯を作って食べさせる場面での、裏千家の茶道にのっとった身動きなど、顔細やかに説明したり、

今まで、話題になかった、玉三郎のお兄さん、実のお母さんと優しいお父さんのプライベートな話題を、ユーモアを交えて。

玉三郎 は、観客から観て、違和感がある以前に、舞台を降りる美学を持っている。

玉三郎の後継者が、未だ出てこない、非常に難しい役所の、阿古屋をいつまで観られるかは、歌舞伎ファンにとって問わずにはいられない質問。

 

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あと5年が体力的に演じられると思う、とのこと。

三味線、鼓弓、箏の三弦を演奏できなければ演じられないが、それだけではなく、傾城をいくつかのスタイルで演じて、阿古屋への道を極めて、阿古屋としての品格と形が可能になる。

福助の娘、児太郎、菊五郎の息子、菊之助、と

梅枝の三人が、三弦の稽古をしているが道は遠い。

玉三郎が、先人から学び、受け継ぎ、さらに独自の飛躍で作り上げた形を、細部に至るまで解説しながら、舞台の演技を、NHKが製作してきた。

それらを、継承する役者の教科とするために、玉三郎は、持てるものを全て残していこうとしている。

今月の末には、bs朝日で、玉三郎のプライベートライフが放映される。

 

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玉三郎は、独身で、後継者は、歌舞伎や舞台を目指す、全ての若者達なのだ。

舞台で共にいて玉三郎の演技を見ながら、学んでいける、5人の若手女型に、期待をかけつつ、現役で美しさを失わない限りは、舞台に立ただろう。

夢のような時間は、瞬く間に過ぎて、心臓の高鳴りは、帰り道は、勿論、友人と、西村屋で語りあっていた時を除いて、コナミに行っても、遅い帰り道も、すっと胸を打ち続けている。

車て来ていた友人に乗せてもらって、帰り道、久しぶりに、御影の西村屋に。

バリからのお土産をもらった。

 

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大好きなチーズ、コンテと、シトロンを包んだチョコレート。

 

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パリ祭は、昨日だったんだ。

 

佐渡裕プロデュース、フィガロの結婚

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西宮芸術センターで、毎年恒例の、佐渡裕のオペラが、開幕しました。

今年は、モーツアルトの.フィガロの結婚。

チケットは、毎年発売当初に売り切れが続出する、人気の催しです。

 

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私が買えたのは、二階の二列目だつあのですが、舞台も、オーケストラも見渡せて、良い席でした。

安い席はすぐに売れるようで、私はいつも、1番高い席しか買えないのですが、オペラで12000と言う、買いやすい価格に設定されています。

ープニングの、前奏曲が、誰でも知っている馴染みのある旋律で、心が高揚します。

演奏は、海外の演奏家を何人かゲストで迎えて、芸術センターから、選りすぐった人選で選ばれた人達で、なかなか良かった。

 

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三時間半という長い時間で、幕間の休みは一回だけ。

食べ物や飲み物を買う行列がすごくて、買うのを諦めました。

伯爵夫人に予定の歌手が都合で、交代した、黒人のソプラノ歌手がとても美しい声で、実力のある歌唱。

黒人歌手が何人か入っていて、フィガロの、実は両親だった、2人の歌手も黒人歌手。

自由性があって、良い舞台でした。

23日までは、西宮芸術センターで。

それ以後は、26日、姫路文化センター、29日に篠山市立たんば田園ホールで。

海外アーティストの公演と、日本人アーティストによる公演と、日に分けて上演されます。

伯爵夫人役の、キレホビリ、ビーソン。注目です。

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幸せな人生の選択

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スペイン、アカデミー賞最多、5部門を受賞。

しばらく会わなかった友人、フリアン、カナダから、マドリッドに会いにきた友人トマスは、2人の子供と愛妻がいて、充実した暮らし。

フリアンは、恋愛の達人と自負する、有名な俳優で、癌の末期、余命いくばくもない状態。

 

愛犬の老犬トルーマンと暮らしている。 

医者が勧める、延命治療に無駄なお金はかけられないと、トマスの同席する前で、きっぱりと断る。

トマスは、彼に少しでも長く生きる道を選択してほしいと思いつつ、説教の嫌いなフリアンから、帰れと言われ、4日間は、帰らない、と反論。

トマスは長くは滞在できない。4日間の休暇を、フリアンがしたいことをさせてあげようと決断する。

お金は山ほどあると言うトマス。

昔の2人にもどり、トマスは、フリアンを黙ってみもりながら、フリアンに寄り添うトマス。

病院で、治療を断り、葬儀社に連れていかれて、葬儀社に請求書は、自分に送ってくれるように言う。犬の里親を探し、息子に会いに、アムステルダムまで、日帰りの旅。費用は全てトマス。

2人と老犬トルーマンとの、幸せを追求した特別な時間。

フリアンは、従姉妹から、トマスに生き方を学びなさいと言われているが、自分からは悪いことしか教えなかったと言うが、トマスは言う。

君から学んだのは、決して逃げ出さない勇気。

直面して、現実と向き合い。それを受け入れ、人生を楽しむこと、人間らしく生き、きっぱりと死んでいく覚悟。

フリアンは、トマスと従姉妹に言う。

薬を飲んで与えられた時間よりも少し早く死ぬつもりだと。垂れ流しの世話をしてもらいたくない。

最後を看取ると、トマスは言うけれど、最後の別れになることはわかっている。

2人が元気だつたころ、自由奔放で人に意見を言われることの嫌いなフリアンと真面目で慎重、おとなしいトマス。

 

フリアンの覚悟の言葉に、苦しみと辛さで家を飛び出した従姉妹が。忘れ物だと言って戻ってくる。

激しい性格のフリアンの従姉妹は、トマスに、ホテルに泊まっても良いかと誘う。

良いよ。

トマスの初めての勇気と決断。

2人は悲しみを分け合うように激しく抱き合う。

翌日、トマスがカナダに帰る日、フリアンは、愛犬を連れてホテルにやつてくる。

空港までは送らないと言っていたフリアンは、飛行場への車の中で、愛犬をトマスに託す。

トマスが置いて行ったお金で、愛犬の飛行機を手配し、あらゆる書類も用意していた。

愛犬の里親は、トマスしかいない。愛する存在を、唯一愛してくれる友人のトマスに。

スペインらしい、ラテン的なおおらかさとユーモアを忘れない作品。

幸せな時間は、生きながらえることではなく、

充実した日を、楽しく送ること。

ここの人間に与えられた、時間は、本当に幸せな時間は短い。

生きる意味を私たちに問う作品であり、スペイン人は、あのような友情が存在するのかと、心が熱くなる。

 

 

 

 

 

素肌美110番センター

 

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木曜日は、コナミが休みなので、夜まで自由だという気持ちが強くて。

素肌美110番の3回目。グルーポンで買ったチケットの最終日です。

一回目は、洗顔方法を教えてもらつて、化粧品の怖さを伝授されて、水で顔を冷やす方法を習って帰ったのですが、どうにもヒリヒリして、皮膚科に。

皮膚科では、化粧品をやめて、これを塗ってくださいと渡された、保湿ローション、ヒル、ロイドを塗って、治ってきたところで、2回目に素肌美センターに。

 

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皮膚科の薬を使っていると、手入れは出来ませんと言われて、水で冷やす、前回と同じ工程、

ヒルロイドもやめて、一週間、最終日に、初めて、バックもしてもらいました。

スチームをしながら、顔のツボを押してもらうのがとても気持ちよくて、次に、お茶の香りがするパックをしてもらいました。

葉緑素が入っているようです。

そのあとで、冷たく冷やしたタオルをあてて、水パック。

 

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会員になろうかと思っているのに、勧められなくて、よく考えて、持っている化粧品を使ってみて、なんて言われて。

わたしは化粧はあまりしなきので、紫外線防止の下地クリームだけつけてでかけていたのですが、素肌美センターでは、日焼け止めが、シミを作る原因だと言われました。

化粧品を長く使っている人が、やめて、素肌美センターの指示通りにすると、肌が赤くただれるので、それを耐えて超えられるかが、問題です。

我慢できずに、皮膚科に走る人や、やめて、再び化粧品に頼る人もいるそう。

それを我慢して、肌の毒素を出してしまえば、肌は本来の力を取り戻して、美しくなるとのこと。

ずぼらで、お化粧品をたくさん使わない人の方がダメージはすくないのです。

帰りに、さて何食べようかといつも思案の挙句、

ゆかりのお好み焼きに。

 

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ランチの、ミックス焼きに、サラダと飲み物がついて850という値段に 惹かれて。

 

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この前は、広島焼きにしたら、あまり美味しくなかったので、定番1番人気の、ミックス焼きにしたら、

やっぱりこれに限る。

美味しかった。

 

老人ホーム

 

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しばらく見ないと思っていた近所の方に会った。

お米を配っておられた。

私にも、と言われたが、米はほとんど食べないので、ありがたくお断りさせてもらった。

娘さんの近くのケアーハウスに入っておられるとのこと。

そら以前は、娘さんの近くにある病院におられた。

糖尿だとか。

元気な頃は、いつも、公園の掃除をしたり、足のない老人を車に乗せてあげたり、世話好きでよく働く人だった。

ご主人は、長患いで、奥さんが健気に看病と病院の送り迎えをしておられた。

ご主人が金銭を握っていて、自由になるお金に困って、働いておられたということを、ご主人が亡くなられて、お葬式に出た際に、近所の親しくされていた方から伺った。

何でも喜んでもらってもらえるので、生活に困っているのかと思っていたが、ご主人はエリートで、奥さんも、結婚前は、お殿様の秘書をされて、家柄も立派な方だった。その遺産を目当てに、ハンサムなご主人は結婚されたとか。

全ては、近所の方からの間接的な話だから、真相はわからない。

世話好きで、プライバシーが侵害され、迷惑だという手紙をもらったと、その方から聞いたことがあつた、

ブライドの高い近隣に住む、エリートを鼻にかけている人達からのもの。

粗末な服を着て、なりふり構わず、お世話して、その人から、私も、全く知らない人の話を聞くことがあった、あけすけで、おおらかな人と言えばそうだし、プライバシーを大事にしている人からは、鬱陶しい存在でもあっただろう。

私は、偉いなあと思っていた。なかなか出来ることではないと思っていた。

ご主人は、何度も入退院をくりかえしながら、亡くなられた。

残されて、やっと自由になった奥さんは、

食事作りも嫌になって、買い食いをされていた。

糖尿という体つきではなかったのに、一気に悪くなって、娘さんの近くの病院に入ったとか。

ケアーハウスの、カードを首にかけ、近所の人に挨拶がわりにお米を配っておられた。

すぐにまた、ケアーハウスに戻られるらしい。

家は空き家になっている。

三ヶ月のケアーハウスから、次は老人ホームだと言われた。

家に戻って来られたら、と私は言った。

娘が、遠いから、ダメだという。

晩婚でできた娘さん。溺愛に近い育て方をされていた。ご主人が亡くなって、奥さんに半分は遺産がいくはずなのに、娘さんが全て管理されている。

持てる能力を奪われ、老人ホームに追いやられる。

それでも親の愛は、子供を溺愛することしか知らない。

老人ホーム。

老いていく道しか辿れない場所、

死の扉に向かっての日々。

老人ホームは、ボランティアではない。

営利が、回転のきいた作業を要求される。

 

 

アンジェイ、ワイダの遺言、名画「残像」

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映画「残像」を観て欲しい。

世界の情勢が、ナショナリズムに走り、権力に物を言わせて、横暴な政治がまかり通り、

人権が脅かされる危険を危惧する今、第二次世界大戦以後の、スターリン政権の下、第一次大戦で、手足を失った、かつては共産主義に理想に燃えて、革命的な芸術活動で功績を挙げていた、アーティスト

が、大学の教授職を奪われ、アーティスト協会の身分証明書を剥奪され、配給手帳を与えられず、

作品は破壊され、仕事も出来ず、食料品を買うことも許可されず、結核に侵されて、命をも奪われる。

実在の前衛画家、ブワディスワフ、ストウシェミンスキーの、全体主義に屈せず、革命的芸術論を曲げず、情熱的に、真の革命家として生き、全体主義化に倒れた、人間の尊厳の美しさを、映像に残した、アンジェイ、ワイダの渾身の作品だから、この映画を観て欲しい。

日本でも、安倍政権の下で、全体主義が起こりつつある。

官僚が、事実を隠し、安倍政権の忠実な犬の役に徹すると、褒美の栄転が与えられる。

安倍政権に肩を持つ意見のコメンテーターは、安倍政権の接待を受けて、雇われのようになっている。

安倍首相の差別的発言、情動的で、理性なく、頭に血がのぼる体質は、映画の中でも、スターリン主義に洗脳された人達に共通するものがある。

 

知らないうちに、とんでもない状況に陥る危険の中に、私たちは晒されている。

人によって、視覚は違う。人は観たいように観ている。その残像が、心に焼きつく。

映画の中で、ゴッホの絵画について、画家が、学生達に、ゴッホは、どういう視点で風景を観て、描いているのカート尋ねる。誰も答えない。

ゴッホの絵は、4分割に分かれて捉えられている。ゴッホは身体で、風景を観ているという。

つまり 身体の全体、五感で捉えているということだろう。

私たちも、一点でとらえるのではなく、身体全体で、五感を働かせて、今何が見えているかをキャッチしなければならないと私は思う。

 

 

和気史郎の絵画

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ヤオフクで、和気史郎の絵が、あまりに安く、オークションで落札されている。

価格値下げ交渉あり、と書いている絵があって、こんな値段にはならないだろうと思って、値段を入れてみたら、すぐに、落札おめでとうございます、というメールが届いた。

え、という感じ。

これから交渉が始まるのかと思ってたのに、買わねばならなくなった。

税込と書いてるのに、8パーセントの税金がついて、送料も。オークションに出している所に電話したが、

キャンセルすれば、悪点がつく、と言われた。

仕方ないので、お金を振り込み、絵は翌日送られてきた。

オークションでは、もっと安い値段でいくつか出ている。

ちなみに、中山忠彦の絵や、リトグラフも、信じられない安さで、出ている。

まるで投げ売り。

でも、そうなんだろう。

コレクションしていた人が亡くなって、絵に興味のない相続人だったら、なんでもいいから処分して、お金になれば良いのだろう。

和気史郎の絵画を、コレクションしていた、丸ビルの中にある吉見画廊がなくなっていたので、きになっていた。

昨日、和気史郎の絵画を調べてたら、新しい場所で画廊をやっておられる。おそらく自宅のよう。

持っている絵画を家の中に展示して、お商売をされているよう。

和気史郎は、62歳の若さで亡くなった。

和気史郎の実家の蔵を、美術館にして、代表作品を展示している。栃木の不便な場所にあるので、

一度行きたいと思いつつ、未だ、実現していない。

母がコレクションしていたのだから、その頃に、買った人達は、すでに亡くなっている人もいるだろう。

中山忠彦にしても、妹のご主人が、梅田画廊で、展覧会をされた頃の勢いは、幻のごとく。

画廊の家賃が払えなくなり、やめられて、今もご健在なのかわからない。

梅田画廊で、半額にするから、と言われて、ありがたく買わせてもらったリトグラフ。

友人が買ったものと同じリトグラフが、タダ同然の値段でオークションにかけられていた。

一千万はくだらないはずの、油絵も出ている。

絵をかけて、日々楽しんでいた人がいなくなり、紙くずにように扱われる絵画。

楽しんだ分の代価だと思えば、それで良いのかもしれないけれど、憐れを感じずにはいられない。

粗末に扱われることが忍びない。

和気史郎の絵画、私が買った値段は、オークションでの落札価額に比べれば、高いけれど、

和気史郎という画家の真価には、とても安い。

絵は出会い。私の所に来たいと言ってくれたのだと思う。