毎年,友人が熱心に取り組んでいる、アジアのボランティア協会に、4万円の寄付をしてきた。
ボランティアの活動や取り組みを本にして、年に何回か送られてくるたびに、寄付を促す用紙が送られてくる。
寄付をしたひとの名前が載っていて、協会のボランティア達は、少ない生計の中から、寄付をしていると聞くと、
寄付をしない人間の後ろめたさを感じるようにもなる。
しばらくの間と思っていた。
言い出しにくくなり、続けてきた。
一度に4万円は、出費が痛い。
500円玉を1年間で貯めて寄付していた。
小銭が、郵便局で。持ち込みが有料になった。
小銭をできるだけ作らないようにしようと思うと、500円を貯めるのが難しくなってきた。
アジアの貧しい国のバイタリティは、国の経済成長を加速している。
日本の貧困率は一方で加速化している。
そういうところの矛盾を感じる。
コンサートや舞台の後、寄付箱に、寄付することは進んでやれる。
猿之助は小児癌の子供達への支援をしている。
玉置は、復興支援とか、さまざまなアーティストが、ボランティア活動に参加している。
付き合いから。頼まれて、一度のつもりで寄付すると、
丁寧に礼状が届く。次から。募金をお願いベースで送られてくる。そうなると、気が重くなる。
つまり、そんなに善良な人間ではない。
ボランティアには無関心な人間だということ。
ユニセフや、攪乱など、ダイナースカードで一度すると、ずっと案内が送られてからが、
ほとんど,現場に届かない、と聞いている。
募金の実態は、権力搾取がほとんど。
友人がやっているのは。25パーセントの経費だけ、と聞いている。
良心的な活動だとか。
毎年寄付を催促されるようになると、負担に感じるようになる?