歯のメンテナンスの予約日、歯科医院に行くと、時間が来てないのに、早、患者さんが診察室に入っているよう。でも何が変。
靴が三足脱いである。
受付の人が出て来て、
何度かお電話したのですが、院長が亡くなったのです。
一瞬、言葉がなかった。
いつですか?
10月8日です。
私がアメリカにいた時だった。
留守電に入ってたかもしれない。
9月30日まで、診療しておられて、倒れられたとのこと。
診療所を継ぐかたもなく、これからこの診療所をやって行かれるかどうか、何も決まっていない、
三足の靴は、片付けしている彼女たちのものだった。
絵もかかつたまま。カルテも沢山入ったまま、
診療室もきっとそのまま。
歯科医がいなくなって、そのままの状態で残っている。
テンプレートをしていたので、紹介先を準備してくださっていたとのこと。
メンテナンスも、同じように、1時間かけて保険診療でしていただかますから、と言われた。
前原歯科医院のパンフレットを渡された。
テンプレートは、前原さんが、日本に持ち込んで研究し始められた。
テンプレートのことは、従姉妹から聞いていた。
前原歯科医院とやり方が違うと、私がかかっていた歯科は、彼なりのやり方を考案したと言う。
前原歯科にメンテナンスの予約の電話をした。カルテが行っていた。
これからはここにお世話になることになる。
テンプレートのメンテナンスも必要だから。
あとで、インプラントのメンテナンスについて聞かなかったことを思い出した。
溝上歯科に電話したらすぐに応答があった。
いつまで電話が通じるかを聞いた。
今月末までだが、休む日もあるそう。
インプラントはどうなりますか?
私のインプラントは、前原歯科医が扱っているものと違うので、前原さんに、私の使っているものでインプラントをやっている歯医者を紹介してもらってください、と言われた。
インプラントは、歯科医によって、使っている方法が違う。
溝上歯科では、スイスのITIが扱っている製品で、一回法の優れたインプラント。
使っている歯科医は少ない。
インプラントは、何年かの保証付で扱っている歯医者が多いけれど、後継者のいない歯科医がいなくなると、保証も消える。
末期ガンが判明してから、一年四ヶ月。
治療が必要な患者を、命の火を燃やし続けて治療してこられた。
あらゆるものを試していると言われていた。
毎回、私は行くたびに、痩せて行かれるのを見ると心が苦しかった。
初めて歯科医に会ってから、4年になる。
溌剌として若々しく、いい歯医者に巡り会えて良かったと思っていた。
名医だった。巡り会えることの滅多にない技術のゴッドハンド。
丁寧で繊細な手の感覚、見つめられる眼のクリアーな美しさ、優しい声。スタッフの女性達に、同僚のように優しく、感謝を忘れない人だった。
永遠なんて、誰にもない。いつまでも続くことはどこにもない。
私の一部をもきとられたような、寂しさを伴った空白ができたよう。
どうにもならないのに、納得が行かない。
不在を共有している感覚。