留守の間、窓辺のシクラメンの底に洗面器を置いて水を入れておきました。
生き生きとして、美しい花を咲かせています。
他の植物達も変わりなく。
郵便物をチェックして、車で母に会いに行きました。
リハビリ体操の日で、母は見えないのでいないのかと思ったら、職員のそばに座っています。
入居者は、どの人も、程度の差はあっても、認知があるのですが、言われるようにできる人と、やり方がわからない人、わからない人、体の動かない人がいます。
体操のあとゲームがあり、今日は大きなビニールのボウルで、ボウリングを倒して、いくつ倒れるかのゲームです。
この前行った時は、カゴの中に。小さなボウルを入れるゲーム。簡単なもので、黒板に、誰が何点取ったかを書いて行きます。
母は、ボウルを受け取ることはできるのですが、それを投げるとい行為がわからず、整体師が、手を出してくださいという仕草をすると、手渡そうとします。投げるなんて、母には出来ません。物を投げるというのは態度の悪い、横暴な態度を表すものなのです。、何度も整体師がトライしてくれて、4回目で、ボウルを思わず落としてしまって、ボウリングにあたり、点数をつけることができました。
他の人達は、こういうゲームを喜んでいるのかはわからないのですが、一番の人に拍手。2番目に拍手。3位までの人は拍手されて喜んでいます。
子供を見ているようで、子供帰りした様子を見ると、自分がいずれこうなるのだということの、想像力は湧かなくて、自分がこうなって行くことへの恐怖心があるだけ。
ゲームが終わっても、夕食まで、ダイニングにじっと座っていたい人。どうするのか、職員にされるがままを待っている人達。
トンチンカンな話をしあって笑っている。
老人ホームは、入るべきところではない、出来れば入りたくない。
どうすれば、こういう状態になることを免れ、人生を自力で終われることができるのだろう。誰もがそう思うところだと思うけれど、自分ではどうしようもできないことなのでしょうね。
私は、今、元気で、行きたいところに行けることに、感謝します。
トランプ大統領への大規模な女性抗議デモが、各地に大きな広がりを見せています。
抗議活動は、トランプ大統領に、平等であることを認識して欲しいからです。
アメリカが一番ではなく、世界のあらゆ人間は、平等でなければならない、と訴えています。
大統領のアメリカではなくて、国民のアメリカであると。
人民の人民による、人民のための政治を目指した、リンカーンのバイブルに手を置きながら、自由平等を力で押さえつけようとしている。
どんな人でも、心に善意があるということへの期待と希望の情熱を、抗議デモにかけて。