
マスコミが、毎日わんさと取り上げている、斎藤知事のスキャンダル。
斎藤知事の、頑なに、自分を正当化して、あらゆる抵抗に屈しない強さは、呆れるほどすごいなあ、年、ここまで来ると、感心する。
この問題は、議会が、決着をつけらばいい問題。
知事にふさわしくなけれは、不信任決議を出して、
知事が、解散か、やめるか、で決着がつく問題。
議員は、解散を恐れて、踏みきれないとしたら、
まさに、政治屋、だと石丸さん。
日本の政治家のほとんとが、政治屋だと言わざるを得ない。
自民党の総裁選も、立憲民主党の代表戦も、
国民から、掛け離れたらところで、政治屋達の権力闘争をやっているようにしか見えない。
そういう中で、若い人達の、政治に感心が深まり、
若い人たちが、日本を変えようとする動きが出てきていることが、希望た。
石丸さんのようになりたい、というセット世代が、動き出した。変えよう、変わらなければならない。
変われるんだ。自分たちの問題なのだから、自分達で、変えようというエネルギーが、高まって来ている。
最初の頃、純粋な志を持って、政治家を目指した人たちも、初心を忘れて、権力にしがみつくようになる。
自分を偉いと勘違いするようになる。
いそしぎ、という映画は、わたしが大好きな映画。
その中で、テーマは、初心を忘れて、寄付金集めや、エリート学校の校長が、自由奔放な女性の生き方から、自分の堕落した生活を捨てて、若い頃抱いていた、宣教師としての自分に立ち返って、新たな宣教な旅に。
崖の上から、海辺で絵を書いている女性が、彼を振り返るシーン。
傷ついたいそしぎを、看病し、元気になったきそしぎを空に羽ばたかせる、シーンと重なる。