青空に白い雲が流れるように

読んでくださるあなたに。小さな幸せを感じてほしい。そして私も、読んでくださることで、一人じゃない幸せを感じていたい。そんな思いで、あらゆる垣根を持たないて、好奇心のおもむくままに、手を走らせていたい。明日への小さな幸せを求めて。

心に残った言葉

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旅先で出会った人の心に残った言葉は、たくさんある。

そういうタイトルで、旅の思い出を、出会った人へのオマージュとともに、書き直そうかと思っている。

ブロブを始める以前に出会った人もいれば、ブログに登場している人もいる。

時間を置いて、その情景が、夜の店先の明かりとともに浮かぶ。

ウィーンの山手にある、三つ星級のホテルをユースホステルに使っている、ホステルに滞在していた時のこと。

日本からの男性から聞いた、ハンガリーのブタペストでの体験に興味が出て、

ウィーンから列車で、ハンガリーに向かった。

 

ユーロパスで、ヨーロッパ各地を回っていたので、チケットは、一等席だった。

同じ部屋に、初老の男性が乗ってきた。

テニスの大会に出た帰りだとか。

国鉄に勤めていて、列車はフリーだ、証明書のパスカードを見せて。

持っていたみかんを洗って、私にも食べませんか?

親切で優しい感じの人。

ブタペストまでの三時間は、退屈しない。

死海を見たことがあるか?と聞かれて、いいえ、と答えると、

是非見て欲しい、と住所を書いて渡された。

その人の息子さんがフランス語を書けるから、と。

 

 

 

 

ルーマニアの人だった。

私は、ウィーンで出会った人が、ブタペストに行くなら、駅で、この人が駅で客引きをしてるから、

ここに泊まれば良いと、名前を書いてくれた紙一枚が頼りだった。

ルーマニア人は、心配して、駅に着くとついてきてくれた。

駅に着くと、女性たちが、ホテルに泊まる客引きをしている。

ウィーンでもらった名前を尋ねると、その女性はいない、と言う。

客引きをしている女性たちは、自分のところに引き込もうと寄って来る。

ついてきてくれたビテールというルーマニア人は、私一人では危険だからと

。女性たちをあしらってくれて、ホテルの案内所に連れて行ってくれた。

彼は中に入らなかった。

案内所で、カルメン、というアパートホテルを紹介してもらった。

駅で客引きをしている女性たちは、ルーマニアからきた、ルーマニア人。

安いお金で家に泊める。

ウィーンで出会った人が1週間ほど滞在していたのも、駅での勧誘からだったが、

子供のいるとても親切な人で、快適に過ごせたので、と紹介されたもの。

そに人なら大丈夫だと。

どうも

女性たちの話から、ビトールは、ルーマニアに帰ってしまった、とか。

ビトールが私を守ってくれたことに、感謝している。

心配そうに見守るビトールに別れを告げて、与えられた住所の、カルメン、というアパートホテルに向かった。

普通のアパートの中の5階にカルメンがあった。

中に入ると、若い女性が応対してくれた。

冷蔵庫の中にあるものはなんでもどうぞ、と言われ、何が欲しい?とサービス。

感じの良い女性だと思われた。

駅での話をすると、ルーマニア人だ。ルーマニア人は泥棒だと言う。

ハンガリーは、ルーマニアに被害をどれだけ受けているかを喋る。

人間じゃないと言う言い方に、私は、嫌悪感を覚える。

ものすごく差別的。

私は、そのホテルを飛び出して、お城に向かった。

1日だけの滞在なので、お城だけは見ておこうと。

城の城壁から、夕日が綺麗なので、見とれていた。台湾からきた男の子が横に来て、

夕日を見ながら話しこんでいたら、日が沈み、夕暮れて、あたりは暗くなって来た。

慌てて、ホテルに戻ろうと、歩いた。

ホテルから歩いて来た道をわかっているつもりだったが。

ヨーロッパの夏は、暮れるのが遅い。

10時半くらいだったか。11時を回っていたかも。

帰る道がわからなくなって、どうしよう、パニック。

店のライトの下で、地図を見ていた時だった。

何かお助けしましょうか?

と、老女が声をかけてくれた。

ホテルを飛び出して、帰り方がわからなくなったと告げて、

住所を書いている紙を見せた。

その老女は、親切に教えてくれて、日本人かと聞かれた。

老女は、ハンガリーの理科系の科学者だった。

日本に来たことがあると言う。

奈良の女学校で教えたことがると。

皆で歌った思い出など、話される。

また是非いらしてください、と言うと、

私は、年金者だから、とても行けません。

でも、目をつむれば、今も鮮明に蘇って来るの。

一緒に歌っている学生たちの笑顔。笑い声。

桜が満開で綺麗だったこと。

私は、いつでも、目を閉じれば、日本にいるのです。

日本での幸せな時間の中にいるの。

 

桜の季節になると、私も、その忘れられない言葉と共に、

ブタペストの深夜、突如、スーパーのビニール袋を持って現れた、細くて背の高い、

優しい女性を思い出す。そして、美しすぎる夕焼けの染まる、ブタペストの街の情景と共に。