青空に白い雲が流れるように

読んでくださるあなたに。小さな幸せを感じてほしい。そして私も、読んでくださることで、一人じゃない幸せを感じていたい。そんな思いで、あらゆる垣根を持たないて、好奇心のおもむくままに、手を走らせていたい。明日への小さな幸せを求めて。

精神年齢の低い人

f:id:happyengel:20210408170531j:image

 

菊谷さんの話しで、精神年齢の低い人、

というテーマがある。

大人と子供を、旦那と餓鬼、に例えている。

旦那は、布施。布施する人のこと。

大人は奥さんを養い、子供を育てる人。

子供は餓鬼。

してもらう、養ってもらう、してほしい、

と自分の利益だけを求める子供。

与えられる人から、布施する人に成長して、大人

になる。

イチローが、奢ってもらったり、人からもらったりするのが

好きだったけど、してあげられる方が、嬉しいと思うようになった、

と子供たちに話している。

確かに、子供の頃は、もらうのが嬉しかった。欲しい、という

ことばかり。

それが、してもらうことに、抵抗感を感じるようになってくる。

 

親切して、報われる人と報われない人、

という話の中で、

 

自分が好かれたいからする親切、自分の愛する人への親切、

強い人にする親切は、報われない。

自分のためにする親切だから。

 

親切して報われるのは、尊敬する人に、

恩義のある人に。

可哀想な人に。

 

親は子供が可愛いから、子供に甘く、お金を惜しまない

が、育ててもらった親にすると、親から感謝され、報われる。

子供にいくら与えても、報われない。

お世話になった恩師や、尊敬する人へのお布施、

貧しい人への、施しは、施す人に、幸せな気持ちで帰ってくる。

 

親切する人を間違えている人は、不満が帰ってくる。

これだけ尽くしたのに、とか、裏切られた、とか。

親切して、馬鹿にされている人がいる。

 

父が冗談で、

くれくれ坊主にやりたくない、と言って笑った。

 

私は精神的に未熟だ、と自分を見ていたのだけど、

どうやら違うようだ。

 

子供は邪気がなく、親にしてもらうのは当たり前だと

思える。愛されるのは当たり前だと。

 

小姑から、いじめられ、シンデレラのように、

可哀想なお母さんと、放任主義で、子供への愛情が見えなかった

父親と、小姑と家長の祖父、住み込みの働く人達。

 

そういう環境で育ったから、子供の無邪気さもなく、

欲しいものをねだれる環境でもなく、

大人にもなれず、子供でもなく、不安で不安定な心に左右される私の

原因が見えてきた。