青空に白い雲が流れるように

読んでくださるあなたに。小さな幸せを感じてほしい。そして私も、読んでくださることで、一人じゃない幸せを感じていたい。そんな思いで、あらゆる垣根を持たないて、好奇心のおもむくままに、手を走らせていたい。明日への小さな幸せを求めて。

樹木希林を生きる

 

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樹木希林を生きる、という番組を、ビデオに撮っていた。

昨年、樹木希林は、4本の映画に出演し、同行取材して、樹木希林を取り続けたビデオ。

目が片方見えないのに、クルマを運転するして、取材者を送り迎えまでしていた。

今年の3月に、ペットを受けたら全身に癌が。

医者に、今年の一杯か、何ヶ月の命のと宣告された。

樹木希林は、五年前に全身癌であることかわわかって、九州の、ピンポイント放射線治療に通っていた。

嘘みたいに、消えてい癌。

この一年半、検査にいかなったと。その間に、治療の施しようがない状態に。

全身癌に転移したのは、乳がんから。

乳がんの手術をした時に、樹木希林は、喘息があるので、手術したくなかったけど、彼は仕方なくて、と言っていた。

目が見えなくなった時は、60歳くらいの時。

それ以後に、乳がんの手術。

14年前のことだから、癌になっても、寿命だけ生きることができたという証明だと思う。

抗がん剤を使わず、ピンポイントの放射線たけだつたから、活動を妨げられずに、普通に生活ができたのだと思う。

癌宣告を受けると、最初は、否定し、次に怒り、戦い勝とうと頑張り、鬱になり、死を受け入れる心境になる、五段階。

樹木希林は、癌を得て、求道者の道を歩んだのだろう。

沢山の人々とのふれあい、ドキュメンタリーに力を注ぎ、映画の中で、懸命に生きる人間の姿を映し出した。

生きるために、生き様を模索しながら、役者を生業としてきた。

樹木希林は、若き頃、共演者と激しく喧嘩したり、ぶつかって、難しくて、わがままな女優という人間だったよう。

そういう人ほど、歳をとると仏のように、魅力的で優しい思いやりのある、魅力的な人間になるようだ。

人は死んで、生きている人の中に生きる、という樹木希林。

人に世話になって、生きてこられたので、お返しをしたい、と様々な場所に出かけて、生きづらいと苦しんでいる人に、そっと、寄り添うような、メッセージを届けた。

樹木希林は、誰もが認める素晴らしい人に、癌を得て、長い闘病の過程で、なっていったのだと思う。

自分の身体は自分のものだと思ってたけど、借り物だった。

借りたものは、使い切って、お返しする。

思うように身体が動かず、痛みに耐えなければならない。自分の思うようにはならない身体。

自分の意思でコントロールできない。

いつまで生きられるのかわからない。

生きようと努力しても、主体は自分ではなかった。

生かされているから、生きている。

他の人のおかげで生かされている。

神様がいるのだと信じられるようになった、数々の奇跡的な出会いや、復活。

面白がって生きる、ということは、自分を客観視できないとできない。

面白がる自分を作って行かなければできない。

肉体を精神から分けて、痛みも受け入れて。

借り物の身体を使い切って、何も使えるところが残ってない状態で、樹木希林は、人々の中に生きるために、旅立った。