敬老の日を忘れてました。
かかりつけの医者が、話ししたいことがあると言われて、そちらの方が気になってて、
敬老の日を、初めて忘れてた。
今日、母の様子を見に行って、大きい胡蝶蘭に、ああ、そうだ、敬老に日だった、ときずいた。
胡蝶蘭は、弟がいつも、敬老の日と、誕生日と母の日に、持ってくる贈り物なのです。
特に立派な胡蝶蘭に、弟の思いが表れているようで。
私は、母がお彼岸の頃、亡くなるのではないか、と心配していたので、敬老の日を
忘れていたのです。
少し元気になって、今日は、食事もほとんど食べたと聞いて、まだ大丈夫じゃないかなと安堵しているのです。
母の母親、わたしの祖母は、お彼岸に亡くなりましたので、急に弱った母を見て、そんな心配をして
しまったわけ。
食べないと言われて、お彼岸も近く、母が死ぬのではないかと。
お医者様は、25日に、と言うことなので、早急に、心配なことはないのだろうとは思うのですが。
あらためて、話がある、と言われると、ビクっとします。
最悪のことを言われないかと。
人間は必ず死ぬ運命を免れない、と言うことはわかっているつもりだけど、
高齢なら、元気になることはありえなくて、老衰の死があるのみ、だということも、理解しているつもりだけど、
母の死を受け入れることはできそうになく、永遠に生き続けて欲しいと願う。
母が亡くなった時の心構えなど、現実には意味がないということもわかっている。